2009/10/01 01:00:00
ある、音楽家が、歌手の伴奏をすることについて、こんな内容を私に教えてくれました。
「A good accompanist ;
A good accompanist knows that accompaniment is the highest art in jazz.
He loves to step out of his own musical world and enter the music of another person.
He loves the challenge of identifying another musician's musical ideas and characturistics, and then composing ways to maximize and stimulate the potential of those ideas.
He knows the voice is the primary instrument,containing the most expressive human potential.
He loves melody! He is in awe of the magic of a beautiful voice--the living melody! 」
「良い伴奏者は、ジャズの中でも伴奏は最高の芸術だということを知っている.
他の人の音楽に入って行き、自分の世界からステップアウトすることが大好き。
良い伴奏者彼は他のミュージシャンの特性 特色やアイデアを見極めて挑戦をすることを愛し,
その時作曲法を最大限に活用し、そのアイデアの可能性に刺激し活力を与える.
声が人間の表現の可能性をもっとも秘めた第一級の元来の楽器だということを知っている。
良い伴奏者はメロディを愛する。その生きたメロディである奇跡の美しい声に畏敬の念を抱いている。」
・・・この言葉に、私は本当に、励まされました。そのように言ってくださったことが本当に嬉しい。。。。良い歌手とはどういうものかという考え方も教わりました。その内容は別ページに書いていますが、歌手の伴奏を芸術として演奏するのは難しいと何人かのミュージシャンが言ったのを聞いたことがあります。それは歌手自身のスキルの問題が大いに関係していると、思います。私はずっと、どうすれば自分の音楽が気持ちよくなるだろうかと模索をしていた。そんな時に、good accompanistについて、教わりました。その最後に言ってくれた言葉が↑これでした。
「これは、私の恩師と、私がこれまでに出会った素晴らしい音楽家達から教わりました、
そして私の経験から、確信をもってあなたに伝えます。」
私は、この言葉の意味を詳しく説明してもらいました。
これは、歌手の方に、(偉ぶるのではない、謙虚な)自尊心と責任感を芽生えさせるための大切なキーワードのように感じたので、公開しようと思いました。
もちろん、芸術音楽家の歌手に必要な知識や経験、ハードワークを当然通り抜ける事を前提としたうえでの話ですが(汗)私もまだまだ勉強不足で『あかんなー』と思います、でも、歌手ということに、もっと誇りをもって生きていこう。と思いました。
個人的な思いですが、歌手とミュージシャンは別もの、という暗黙の社会通念があるように思います。打ち合わせの時や演奏中に、自分は蚊屋の外なのね、、という心境に陥っているボーカリストは世の中に沢山いると思うのです。確かにその見方は一理も二理もあるでしょう。役割が違うのでまったく同じではないし、せめて音楽をする人間として同じように出来るべきことも同じにできていなければ、当然その面では同等ではない。
ただ、どちらが偉いか、立場が上か下かを考えすぎず、お互いに一人の音楽家として向き合ったときに、どのような心でその共同作業に向き合うか、ここがスキルを超えたものの見方をできる部分と思います。スキルは努力すれば実るものですし、意識は常に気をつけなければ変わらないもの。
人間のエゴや愚かさが前に出てしまう時、その心はその音楽にも反映されています。私も含め、人間はつねに皆エゴと隣りあわせで生きていて、無意識でいればそれは表面にどんどん出てしまう。出ている事すら気付かないことが多いにありうるのです。
音楽家として価値のある人間とはどんな人間だろうか。演奏の技量?社会的ステイタス?
つねに世の中は移り変わってゆく。時代を超えても揺るがない確信を持てるだろうか。
時代が変化する中、音楽家たちが様々なバックグラウンドで、それぞれの立場とスタンスで、その人にとっての人生を模索している。
その結果、音楽文化が現状に至っているのだとしたら、”今”、ここに歌手として、生きていきたいと願っている私自身たった一人にすら、大きな責任があるのだと思いました。
「音楽家には、自分のつくり出す”一音”にまで責任がある。そして、その真理を確立し、既に知る人間には、責任がある。」
”音”に責任。。。キースジャレットも同じようなことを言っているのを雑誌かなにかで聞いたことがあるなぁ。
いっつも音楽そのもののために一番よい環境を用意できるのなら、全員がきっとそうしたいといいたいと思います。この世の中、社会的地位や経済的ステイタス、名誉がともわななければ完璧な条件を作り出す、というのは残念ながら難しい。今おかれた状況で、音響機材の知識から、他の楽器の扱いやコンディションなど、音楽のあらゆることを知ったうえで様々な状況に対応し、あらゆる状況にベストな音楽を作る姿勢をもち可能な限りベストをつくす。
より多くの歌手が、芸術家として社会に認識されるようになったら嬉しいと思います。
なにも知らないでは 実現したい音楽の世界には通用しないので、コツコツと勉強を始めました。
たくさんの音楽を聞いて、様々な音楽家と出会い、良くも悪くも感動し、あるときは無の心境になったり。そして知れば知るほど、知らないことだらけだなぁと痛感します。
私を支え、突き動かす音楽。
美しい音を奏でるために、”腹をくくって”まっすぐ取り組みたいと思います。
「A good accompanist ;
A good accompanist knows that accompaniment is the highest art in jazz.
He loves to step out of his own musical world and enter the music of another person.
He loves the challenge of identifying another musician's musical ideas and characturistics, and then composing ways to maximize and stimulate the potential of those ideas.
He knows the voice is the primary instrument,containing the most expressive human potential.
He loves melody! He is in awe of the magic of a beautiful voice--the living melody! 」
「良い伴奏者は、ジャズの中でも伴奏は最高の芸術だということを知っている.
他の人の音楽に入って行き、自分の世界からステップアウトすることが大好き。
良い伴奏者彼は他のミュージシャンの特性 特色やアイデアを見極めて挑戦をすることを愛し,
その時作曲法を最大限に活用し、そのアイデアの可能性に刺激し活力を与える.
声が人間の表現の可能性をもっとも秘めた第一級の元来の楽器だということを知っている。
良い伴奏者はメロディを愛する。その生きたメロディである奇跡の美しい声に畏敬の念を抱いている。」
・・・この言葉に、私は本当に、励まされました。そのように言ってくださったことが本当に嬉しい。。。。良い歌手とはどういうものかという考え方も教わりました。その内容は別ページに書いていますが、歌手の伴奏を芸術として演奏するのは難しいと何人かのミュージシャンが言ったのを聞いたことがあります。それは歌手自身のスキルの問題が大いに関係していると、思います。私はずっと、どうすれば自分の音楽が気持ちよくなるだろうかと模索をしていた。そんな時に、good accompanistについて、教わりました。その最後に言ってくれた言葉が↑これでした。
「これは、私の恩師と、私がこれまでに出会った素晴らしい音楽家達から教わりました、
そして私の経験から、確信をもってあなたに伝えます。」
私は、この言葉の意味を詳しく説明してもらいました。
これは、歌手の方に、(偉ぶるのではない、謙虚な)自尊心と責任感を芽生えさせるための大切なキーワードのように感じたので、公開しようと思いました。
もちろん、芸術音楽家の歌手に必要な知識や経験、ハードワークを当然通り抜ける事を前提としたうえでの話ですが(汗)私もまだまだ勉強不足で『あかんなー』と思います、でも、歌手ということに、もっと誇りをもって生きていこう。と思いました。
個人的な思いですが、歌手とミュージシャンは別もの、という暗黙の社会通念があるように思います。打ち合わせの時や演奏中に、自分は蚊屋の外なのね、、という心境に陥っているボーカリストは世の中に沢山いると思うのです。確かにその見方は一理も二理もあるでしょう。役割が違うのでまったく同じではないし、せめて音楽をする人間として同じように出来るべきことも同じにできていなければ、当然その面では同等ではない。
ただ、どちらが偉いか、立場が上か下かを考えすぎず、お互いに一人の音楽家として向き合ったときに、どのような心でその共同作業に向き合うか、ここがスキルを超えたものの見方をできる部分と思います。スキルは努力すれば実るものですし、意識は常に気をつけなければ変わらないもの。
人間のエゴや愚かさが前に出てしまう時、その心はその音楽にも反映されています。私も含め、人間はつねに皆エゴと隣りあわせで生きていて、無意識でいればそれは表面にどんどん出てしまう。出ている事すら気付かないことが多いにありうるのです。
音楽家として価値のある人間とはどんな人間だろうか。演奏の技量?社会的ステイタス?
つねに世の中は移り変わってゆく。時代を超えても揺るがない確信を持てるだろうか。
時代が変化する中、音楽家たちが様々なバックグラウンドで、それぞれの立場とスタンスで、その人にとっての人生を模索している。
その結果、音楽文化が現状に至っているのだとしたら、”今”、ここに歌手として、生きていきたいと願っている私自身たった一人にすら、大きな責任があるのだと思いました。
「音楽家には、自分のつくり出す”一音”にまで責任がある。そして、その真理を確立し、既に知る人間には、責任がある。」
”音”に責任。。。キースジャレットも同じようなことを言っているのを雑誌かなにかで聞いたことがあるなぁ。
いっつも音楽そのもののために一番よい環境を用意できるのなら、全員がきっとそうしたいといいたいと思います。この世の中、社会的地位や経済的ステイタス、名誉がともわななければ完璧な条件を作り出す、というのは残念ながら難しい。今おかれた状況で、音響機材の知識から、他の楽器の扱いやコンディションなど、音楽のあらゆることを知ったうえで様々な状況に対応し、あらゆる状況にベストな音楽を作る姿勢をもち可能な限りベストをつくす。
より多くの歌手が、芸術家として社会に認識されるようになったら嬉しいと思います。
なにも知らないでは 実現したい音楽の世界には通用しないので、コツコツと勉強を始めました。
たくさんの音楽を聞いて、様々な音楽家と出会い、良くも悪くも感動し、あるときは無の心境になったり。そして知れば知るほど、知らないことだらけだなぁと痛感します。
私を支え、突き動かす音楽。
美しい音を奏でるために、”腹をくくって”まっすぐ取り組みたいと思います。
